田辺国際交流協会運営委員 赤井祥子

 シェムリアップで情熱の人に出会った。その人の名は森本喜久男さん。京友禅の染め折り職人で、2004年に日本人で初めてロレックス賞を受けた方である。この賞は、スイスの時計メーカーが76年に創設した「傑出した企画を遂行する個人」に贈られるもので、受賞時には帰国報告会も開かれたようである。新聞記事としても掲載されたのでご存じの方も多いかと思う。と言っても私自身は何の予備知識もなく森本さんと会うことに、いや、会えることになった。
  クメール伝統織物研究所、それが、森本さんが立ち上げ、伝統復興への情熱を燃やし続ける職場である。もともとカンボジア(クメール)には光沢ある豊かな色彩の絹織物とその技術が脈々と受け継がれてきた。話によると、森本さんはタイの難民キャンプでカンボジアの織物に出会ってから20数年、クメールの布にまとわりついて生きてきたらしい。そして、長い戦乱で息絶えようとしていたこの絹織物の復活に向けた活動を1996年に開始されたのである。私たちが5日にこの研究所を訪れた時、偶然にも森本さん本人にお会いすることができ、直接お話を伺えた。ほんの30分ほどの対談だったが、熱く夢を語る姿に底知れぬパワーを感じ、たくさんの元気を与えてもらった。
 森本さんの偉大なところは、復興とは「人づくり」という信念のもと、森の再生や村の設立を手がけているところである。ふわっと肩にかけてくれた布、森本さんは、「布を纏う(まとう)」という言葉を使われていたが、話してくれたように、手のぬくもりやあたたかさまでがじんわりと伝わり、布が体の一部になる感覚があった。森本さんはその織手を育てるためにいくつもの手立てを打っている。第一に森の再生である。良い土がないと良い染め物ができない。自然の恵みがあってこそ、質の良い糸ができ、美しい色に染められる。植林をする傍ら、荒れ地の再生として、切り株を育てているらしい。そこにある木を育てるので、長い年月は必要でも、元の森に戻っていくし、成長も一から植えるよりははやいということである。第二には、村の設立である。入植希望者を募り、設立して四年目になるそうだ。現在約100人の職人たちが暮らしている。22ヘクタールの土地の半分は自然林のまま残し、残り半分を開墾し、織物をはじめとするカンボジアの伝統工芸再生の場はもちろんのこと、桑や綿花の木、野菜や果樹の畑を作っている。小さな学校も始めたらしい。何もないところからのスタートなので村人の生活への不安を取り除くために、給水設備や、排水の浄化施設も作りたい。夜間の電気の発電にも着手したいと目を輝かせて夢を語られていた。この村の中で伝統を生かして自力で生活ができるようにと数々の支援をしておられるのである。私たちが訪れた研究所ではたくさんの女性達が伝統織物の技術を学んでいた。森本さんは語る技術だけでなく物を作る姿勢やマナーも学んでほしいと。織った布にはすべて織手の名前が添えられている。自分の織った布が売れた喜びを励みとし、自信や誇りを育む。もっといいものを作りたいという気持ちにさせるため日夜がんばっている森本さんには本当に頭の下がる思いがした。

 今回の旅では、様々な人々に出会い、いくつもの話を聞いたが、共通して言えるのは、それぞれにみなカンボジアという国を愛し、そこで生きている人々に限りない慈しみを感じていることである。この国にとって、人々にとって、今何が必要か現状を見極め課題を明確にした上で、目標を定め、その目標達成のために、具体的な手立てを考え実行されている。カンボジアの人々が自分の力で自分を、国を守っていくために。実に学ぶことの多いすばらしい旅であった。この機会を与えていただいたことに感謝し私の報告としたい。